学「さて、第2回はフランスです。」
生「フランスって、大航海時代では目立たない国だよね。」
学「フランスは当時混乱期にありました。海に出るどころか自国内すら収拾がつかない状態だったのです。」
生「今回の題名もかなり切羽詰ってるわね」
学「では当時の状況を説明しましょう」

学「第1回第1章で説明した通り、フランスが切羽詰っていました。」
生「イスパニアの王様が皇帝になったせいで、フランスは三方を囲まれちゃったんだよね?」
学「そうです。フランス軍は1515年、北イタリアのミラノ公国を版図に加えたうえで、いよいよ北イタリアの併合に乗り出しました。」
生「でも、そんな事したら皇帝も黙ってないよね?」
学「勿論です。まず皇帝は、当時盛んだった宗教改革の首謀者、ルターから、勅命によって市民権を奪いました。これでローマ教皇の歓心を買い、ローマ教皇庁と同盟を結ぶ事に成功します。」
生「あらら、フランス王の目論見がもう崩れちゃった。」
学「ですが、教皇庁に固有兵力はありません。戦争で皇帝軍を倒し、ローマに進軍すれば教皇も翻意すると考えたのでしょう。1520年〜1525年まで、フランス王はミラノを拠点にたびたび進軍を繰り返しますが、その度に皇帝軍に打ち破られます。」
生「フランス軍って弱いんだ。」
学「いえ、実力から言えば当事ヨーロッパ最強の軍隊でした。」
生「じゃあ、何でそんなに負けたの?」
学「当事の主力は騎兵でした。イスパニアは騎兵に適しない地形だった為に、軍隊の主力を火器に変えていました。この火器兵と歩兵の合成陣形、『テルシオ』こそがイスパニア軍の強さの秘密でした。」
生「『テルシオ』?」
学「アイテムにテルシオ陣形図、というのがありますが、あれはこのテルシオが元です。槍兵の周りをマスケット銃を装備した火器兵が囲み、装填時間中は槍兵が火器兵を守るという陣形です。」
生「それがそんなに強いの?」
学「1525年の『パヴィア城攻防戦』で証明されていますね。起死回生を狙ったフランス王フランソワ1世は、ミラノを進発して北アフリカの要衝パヴィア城を包囲します。しかし、救援に来た皇帝カール5世の軍と対決し、散々に打ち負かされ、フランソワ1世自身も捕虜になってしまいます。翌年、ミラノ・ジェノヴァ・ナポリの放棄、ブルゴーニュ地方の割譲を約束し、王子二人をイスパニアの人質とするマドリッド条約に調印しようやく解放されます。」
生「フランスの北イタリアへの野望もここまでね。」
学「ところがそうはいきません。その生涯を打倒カール5世に費やしたフランソワ1世の挑戦はまだまだ続きます。」

学「フランソワ一世は帰国直後にマドリッド条約の破棄を宣言します。」
生「うわ、いきなり・・・」
学「まだまだ、イスパニアを倒す為なら手段を選ばないフランソワ1世は次に皇帝の権力の増大を説き、先の戦いで敵になった教皇クレメンスを味方に引き入れます。フランス・ジェノヴァ・ミラノ・フィレンツェ・教皇の五者で結ばれたコニャック神聖同盟がそれです。」
生「昨日の敵は今日の味方。本当、みんな節操無いなぁ」
学「そしてフランソワ1世は、ついに異教徒オスマン帝国とまで同盟します。オスマンのスルタン・スレイマンはハプスブルグ家の牙城、ウィーンを包囲します。」
生「えっ、キリスト教の国なのに!?」
学「更に教皇と結んでいるくせに、ドイツ国内のルター派新教徒を密かに援助し、蜂起させます。」
生「・・・もう無茶苦茶ね。皇帝はさぞや怒ったでしょう」
学「勿論。ですが、皇帝はこの事態に一つ一つ対処しました。まずは裏切り者である教皇に懲罰をくれるべく、教皇がカール5世の同盟者、フェッラーラ公を幽閉した事を理由に軍をローマに進軍させ、ローマ市内を略奪します。」
生「教皇のお膝元を襲うなんて・・・」
学「当事の皇帝軍の主力はドイツの新教徒傭兵でした。彼らは喜んでローマ市内を略奪し、教皇を嘲笑しました。教皇はすっかり怯え、以後決してイスパニアに逆らわないようになります。」
生「可哀そうに・・・」
学「ドイツ内の新教徒に対しては一旦宥和政策を取り宥めます。残るはオスマン帝国ですが、これは天が味方をします。ウィーン守備軍の健闘と悪天候の為、攻城戦を続ける事が困難になったオスマン軍は、キリスト教徒にオスマンの威容を見せ付けた事で遠征の目的は達したとして、ウィーンの包囲を解き、撤退。全ての策が失敗したフランソワ1世はカール5世に賠償金を払う事で和解(カンブレー和約)フランソワ1世はまたもイタリアから手を引く事となります。」
生「フランソワ1世は諦めたの?」
学「いいえ、彼はこの後2回に渡ってイスパニアとイタリアの覇権を争いますが、結局破れついにはイタリアを全面放棄する羽目になります。そしてヨーロッパは宗教改革の波へと飲まれていくわけですが・・・それはまた、次回。」

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